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東京高等裁判所 平成2年(ネ)4028号 判決 1992年11月25日

控訴人

相馬株式会社

右代表者代表取締役

相馬弘

右訴訟代理人弁護士

板垣圭介

被控訴人

板原博

内田清金

内田勝

井出せき子

加瀬誠一

久保田敬而

小飼国晃

小林忠雄

髙杉源之助

田中正夫

塚本征紀

仲田光男

花方郁雄

米良孝一

右一四名訴訟代理人弁護士

山田基幸

主文

一  原判決中、被控訴人内田勝、同髙杉源之助、同塚本征紀、同仲田光男、同花方郁雄、同米良孝一の請求を認容した部分を取り消す。

二  被控訴人内田勝、同髙杉源之助、同塚本征紀、同仲田光男、同花方郁雄、同米良孝一の請求を棄却する。

三  その余の本件控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人に生じた費用の五分の一と被控訴人内田勝、同髙杉源之助、同塚本征紀、同仲田光男、同花方郁雄、同米良孝一に生じた費用の二分の一を右被控訴人ら六名の負担とし、控訴人に生じたその余の費用と右被控訴人ら六名に生じた費用の二分の一とその余の被控訴人らに生じた費用とをいずれも控訴人の負担とする。

事実及び理由

被控訴人内田清金以外の被控訴人は、氏だけで略称する。

被控訴人全員を合わせて「被控訴人ら」という。

被控訴人内田清金を除く被控訴人らを合わせて「被控訴人板原ら」という。

一当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人板原、同内田清金は、各自、控訴人に対し、金二〇八万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年八月二三日から支払いずみまで年五パーセントの割合いによる金員を支払え。

(三)  被控訴人板原らは、控訴人が、別紙図面の私道を一般通行のため使用することを妨害してはならない。

(四)  被控訴人らの請求を棄却する。

2  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

二事案の概要

本件は、私道に接続する土地を所有、賃借するなどして居住する被控訴人らと同じく私道に接続する土地を所有する控訴人との間の私道の通行の内容等をめぐる争いである。

控訴人は、自己所有土地に自動車八台の収容力のある駐車場を建設し、駐車契約を締結した三台の自動車に私道を通行させたものの、右駐車場の顧客らは居住者から通行妨害に遭ったとして契約を解消したところから、控訴人は、被控訴人板原、同内田清金が通行を妨害したとして、同人らに対し不法行為を理由に損害賠償及び遅延損害金の支払いを請求するとともに被控訴人板原に対し右私道の通行の自由権に基づき通行妨害の排除を求めた。

他方、被控訴人板原らは、右私道の通行権に基づき、控訴人に対し、三台以上の自動車の駐車の用に供するため駐車場を使用することの禁止を求めた。

原審は、控訴人の請求をいずれも棄却し、被控訴人板原らの請求を認容したので、控訴人が控訴した事案である。

当審では、控訴人は、私道の地役権に基づく妨害排除の主張を付加し、被控訴人板原らは、地役権、所有権等に基づく妨害排除の主張を付加した。

1  当事者間に争いがない事実

(一)  控訴人は、昭和七年ころ、品川区平塚二丁目(現在の表示による。)五八八番地の土地(以下、平塚二丁目所在の土地については、「五八八番の土地」のように地番だけで表示する。)の所有権を取得した。

昭和二四年一二月三日、右五八八番の土地から五八八番の二ないし五八八番の二一の各土地が分筆され、その後、昭和二七年三月三日に、さらに、四筆が分筆された。結局、五八八番の土地は二五筆の土地に分筆されたことになる。

(二)  各分筆された土地を貫通する私道(以下、「本件道路」という。)があり、各分筆された土地は、その一部を右道路の敷地に提供し、残部がこの道路に沿ってその両側に相接し又は向かい合って並んでいる。各土地及び本件道路の位置関係は、別紙図面(以下「本件図面」という。)のとおりである。本件道路に接した右各土地を以下に「本件接続土地」という。

別紙第一目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び別紙第二目録番号1ないし13の三敷地欄記載の各土地(以下「番号1の土地」のようにいう。)は、いずれも、五八八番の土地から分筆された本件接続土地に当たる。

(三)  控訴人は、本件土地、番号1、同3、同4ないし同6(同4ないし6の土地は合わせて一筆である。)、同12の各土地を所有する。

(四)  被控訴人板原は、番号1の土地を控訴人から賃借し、右土地上に、建物を所有して(保存登記ずみ)、右建物に居住する。

(五)  被控訴人内田清金は、本件土地に隣接する五八八番地の五宅地180.49平方メートル(番号2の土地に当たる。)を所有する。

(六)  被控訴人久保田、同小林は、それぞれ番号7の土地、同8の土地を所有する。

(七)  被控訴人加瀬、同小飼、同田中は、それぞれ番号4の土地、同5の土地、同6の土地を控訴人から賃借している。

(八)  花方千枝は、番号12の土地を控訴人から賃借しており、被控訴人花方と花方千枝とは、同一の世帯を構成する。

(九)  髙杉フサエは、番号9の土地の共有者の一人であり、被控訴人髙杉と髙杉フサエとは、同一の世帯を構成する。

2  被控訴人らの本件接続土地に対する権利関係、使用状況

(一)  被控訴人内田清金は、その所有の番号2の土地上に建物を所有して右建物に居住し、被控訴人内田は、右内田清金の子であり、右建物に、妻子、父である内田清金とともに居住し、家族の中心的立場にあり、右建物を右内田清金から使用貸借している(<書証番号略>)。

(二)  被控訴人井出は、兄である井出清が、控訴人から賃借した番号3の土地上に所有する建物(保存登記ずみ)の一部を右井出清から賃借して居住する(<書証番号略>)。

(三)  被控訴人加瀬は、控訴人から賃借した番号4の土地上に建物を所有(保存登記ずみ)して右建物に居住する(<書証番号略>)。

(四)  被控訴人小飼は、控訴人から賃借した番号5の土地上に建物を所有(保存登記ずみ)して右建物に居住する(<書証番号略>)。

(五)  被控訴人田中は、控訴人から賃借した番号6の土地上に田中米子と建物を共有(保存登記ずみ)して右建物に居住する(<書証番号略>)。

(六)  被控訴人久保田は、その所有の番号7の土地上に建物を所有して居住する(<書証番号略>)。

(七)  被控訴人小林は、その所有の番号8の土地上の小林正晴所有名義の建物に居住する(<書証番号略>)。

(八)  被控訴人髙杉は、番号9の土地上の自己所有の建物に居住するが、右土地は、髙杉フサエ、高橋時子が共有し、同被控訴人は、家族の中心的立場にあり、右土地を髙杉フサエらから使用貸借している(<書証番号略>)。

(九)  被控訴人塚本は、畠山ハル(同被控訴人の妻の母)所有の番号10の土地上に建物を所有(一部は塚本保子との共有)して、畠山ハルと右建物に居住し、家族の中心的立場にあり、右土地を畠山ハルから使用貸借している(<書証番号略>)。

(一〇)  被控訴人仲田は、仲田知郁子(妻)及び川上ゆたか(妻の母)共有の番号11の土地上にある右川上ゆたか所有の建物に、同人や妻らと居住し、家族の中心的立場にあり、川上ゆたかから右建物を使用貸借している(<書証番号略>)。

(一一)  被控訴人花方は、控訴人から花方千枝(母)が賃借した番号12の土地上にある同人所有の建物(保存登記ずみ)に同人と居住し、家族の中心的立場にあり、右建物を花方千枝から使用貸借している(<書証番号略>)。

(一二)  被控訴人米良は、米良富(父)所有の番号13の土地上にある自己所有の建物に自己の家族や右米良富とともに居住し、家族の中心的立場にあり、右土地を米良富から使用貸借している(<書証番号略>)。

3  本件接続土地の所有者、土地利用状況の変遷

(一)  控訴人は、昭和二五年四月ころから本件接続土地のうち一部の土地を順次他へ譲渡し、譲受人からさらに他へ移転した土地もある。控訴人は、現在、本件土地を含めて、本件私道接続土地のうち七筆(被控訴人らの居住土地は、うち四筆)を所有する。

(二)  控訴人は、前記五八八番の土地を、その分筆前の戦前から事実上区分して他へ賃貸しており、戦前に既に本件道路は存在していた。

前記のとおり、控訴人は、昭和二五年四月ころから、本件接続土地の一部を他へ譲渡したが、右譲渡の際、控訴人と譲受人との間に、地役権設定の黙示の合意がなされ、右地役権を本件接続土地の所有権を取得した者は承継した。

(右(一)、(二)の事実は、当事者間に争いがない。)

4  争点についての当事者の主張

(一)  原審昭和六三年(ワ)第一〇四四五号事件、平成二年(ワ)第一二一九〇号事件

(1) 控訴人

ア 控訴人は、昭和六三年三月二〇日ころ、その所有する本件土地に自動車八台分を収容できる駐車場を完成させ、顧客の募集を始めた。

イ 被控訴人板原及び同内田清金は、そのころから、本件道路上にそれぞれその所有の二輪車を一日中駐車させ、また、被控訴人板原は、「ここは、お前達の通れる道路ではない。」などと駐車場の者を威迫するなどして、自動車が、公道から控訴人の右駐車場まで本件道路上を通行するのを妨害した。

ウ 本件道路は、私道であるが、建築基準法四二条二項に規定する道路(以下「二項道路」という。)であり、一般公衆の交通の用に供される道路であるから、私道敷地の権利者である私道の維持管理者は、道路を一般交通の用に供する義務があり、これを妨害することは許されない。被控訴人らは、いずれも右私道の維持管理者に当たる。

また、控訴人は、本件道路について、昭和二五年ころ、黙示の合意により成立した通行地役権を有するものである。右地役権は、人及び自動車の通行を内容とするものであり、これに制限は何ら付されていない。

エ 被控訴人両名の右妨害行為のため、控訴人と駐車場の賃貸借契約をした三名の者は右契約を解約し、その余の五台分については、通行妨害の噂が流れたために賃借する者がいない。

オ 本件道路の通行を妨害する被控訴人両名の右行為は、控訴人の本件道路を通行する権利又は通行地役権を侵害する違法な行為であり、その結果、控訴人は、本件土地の駐車場としての使用を妨害され、次の損害(合計二〇八万八〇〇〇円)を被った。控訴人は、民法七〇九条により、被控訴人両名に対し右損害の賠償を請求する。

(ア) 駐車場設置のための工事費

四五万円

(イ) 前記三名との契約を解消したことにより喪失した得べかりし利益

合計五五万八〇〇〇円

(ウ) その余の五台分について喪失した得べかりし利益

合計一〇八万円

カ また、被控訴人板原らは、二項道路である本件道路の一般通行を妨害したから、控訴人は、被控訴人板原らに対し、本件道路を通行する権利又は通行地役権に基づき、通行の妨害の排除を求める。

(二)  原審平成二年(ワ)第二五〇六号事件

(1) 被控訴人板原ら

ア 本件接続土地を要役地とし、各接続土地のうち本件道路の敷地部分を承役地とする地役権が本件道路には設定されている。

イ 妨害排除請求権の根拠としての地役権

被控訴人久保田、同小林は、本件接続土地の所有者として、被控訴人板原、同加瀬、同小飼、同田中は、本件接続土地の賃借権者(右被控訴人らは、それぞれその賃借地上に登記ある建物を所有しており、その賃借権は第三者に対し対抗力を持つ。)として、それぞれその所有地又は、賃借地を要役地とする通行地役権を有するか或いはこれを行使することができる。被控訴人髙杉、同塚本、同米良は、それぞれ本件接続土地をその所有者から使用貸借し、その地上に建物を所有するものであり、それぞれの使用貸借に基づく権利(以下「使用借権」という。)に基づき、右各本件接続土地を要役地とする通行地役権を行使するか、或いは、それぞれの使用借権に基づき、各接続土地の所有者に代位して右通行地役権を行使することができる。

被控訴人井出は、本件接続土地の賃借人の所有する建物の一部を賃借する者であるが、右建物の賃借権に基づき、右土地を要役地とする地役権を行使するか、或いは、右建物賃借権に基づき、右土地の賃借人に代位して右地役権を行使することができる。

被控訴人内田、同仲田は、それぞれ、本件接続土地の所有者が、その地上に所有する建物をその所有者から使用貸借する者であるが、右各建物の使用借権に基づき、右各建物の所有者である右各土地の所有者に代位して右各土地を要役地とする地役権を行使することができる。

被控訴人花方は、本件接続土地の賃借人がその地上に所有する建物を使用貸借する者であるが、右建物の使用借権に基づき、右土地の賃借人である右建物の所有者に代位して、右土地を要役地とする地役権を代位行使することができる。

したがって、被控訴人板原らは、本件道路の通行が妨害されたときは、地役権に基づくその妨害の排除請求権を有する。

ウ 妨害排除請求権の根拠としての承役地の所有権又は賃借権

本件接続土地を所有する被控訴人久保田、同小林、本件接続土地を賃借する被控訴人板原、同加瀬、同小飼、同田中は、本件接続土地の一部が本件通行地役権の承役地になっているから、右承役地に対する権利の行使が妨害されたときは、右承役地に対する所有権又は賃借権に基づき、その妨害の排除請求権を有する。

本件接続土地を使用貸借している被控訴人髙杉、同塚本、同米良は、使用借権に基づき貸主に代位して、貸主の有する承役地の所有権に基づき妨害排除請求権を行使することができる。

本件接続土地上の建物を賃借する被控訴人井出は、賃借権に基づき右建物の賃貸人である本件接続土地の賃借人に代位して、右土地賃借人の有する承役地の賃借権に基づく妨害排除請求権を行使することができる。

本件接続土地上の建物を使用貸借している被控訴人内田、同仲田、同花方は、その使用借権に基づき、建物の貸主であるその敷地の所有者又は賃借人に代位して、右所有者又は賃借人の有する所有権又は賃借権に基づく妨害排除請求権を行使することができる。

エ 本件接続土地の賃貸借契約に基づく妨害排除請求

本件接続土地を控訴人から賃借する被控訴人板原、同加瀬、同小飼、同田中は、本件道路の通行が控訴人の行為により妨害されるときは、賃貸借契約に基づき、賃貸人である控訴人に対し妨害排除を請求することができる。本件接続土地上の建物を賃借する被控訴人井出は、賃借権に基づき、右建物の賃貸人である右土地の賃借人に代位して控訴人に対し同様の妨害排除請求をすることができる。

オ 世帯主による世帯員の権利行使

被控訴人内田、同髙杉、同塚本、同仲田、同花方、同米良は、いずれも世帯主であるが、その世帯の中に本件接続土地の所有者又は賃借人がいる。世帯主は、任意的訴訟担当の法理により、世帯員の権利を行使することができるから、右被控訴人らは、世帯員の有する所有権又は賃借権を行使して、右権利に基づく妨害排除請求訴訟を追行することができる。

カ 本件道路は、幅員約二メートル前後であり、既に、戦前に周辺土地の居住者等の日常生活や日常の営業活動のために作られた道路であり、その通行権の内容等は関係者の黙示の合意により又は長年の慣行により定まっていた。本件道路の自動車通行の許容範囲は、沿道の住民が従来利用する限度で許されるに過ぎない。その許容限度は、本件各接続土地上の住宅一軒ごとに一台(本件土地については住宅が二軒建つ広さなので二台の自動車となる。)の自動車を通行させ得るに過ぎない。

キ 控訴人は、昭和六三年前半に、本件土地に自動車八台の収容可能な営業用の駐車場を完成させ、駐車場利用契約を締結した自動車を駐車させ、本件道路を通行させている。

しかし、本件道路通行に関して形成された前記黙示の合意や慣行の趣旨に照らすと、本件道路に接する土地に三台以上の自動車を駐車させて、その出入に本件道路を使用することは、控訴人の有する地役権の認める通行の範囲を超えるものであって許されない。

ク 被控訴人板原らは、控訴人に対し、前記権利に基づき、本件土地を三台以上の自動車を駐車させる駐車場として利用することの禁止を求めるものである。

(2) 控訴人の主張

本件道路の通行地役権は、本件接続土地の分譲による売買時に黙示の合意により設定されたものであるが、その通行の内容は、人や自動車の通行を許諾するものであり、自動車の通行を制限する特約は付されていない。社会情勢の変化による右合意の内容の変更もない。

三当裁判所の判断

1  本件道路形成、駐車場建設の経緯等について

前記争いのない事実及び前記認定事実に、<書証番号略>、証人丹野宗男、同花方千枝の各証言、被控訴人板原博、同塚本征紀、同米良孝一の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件道路は、両端が公道に通じる幅二メートル前後の舗装された道路である。一方の中原街道に近い区道に通じる部分は、自動車の通行が可能であるが、他方の池上線戸越銀座駅に近い出口付近は、幅が極めて狭い上にカーブもあるので、自動車の通行は不可能である。道路に面した本件接続土地上には建物が連なり、両側にブロック塀などが続く部分も多い。

(二)  控訴人は、その所有する五八八番の土地を戦前から区分して賃貸し、借地人は建物を建てて自ら居住するとか、建物をさらに他へ賃貸するとかしていたが、本件道路は、既にそのころから五八八番の土地の中にほぼ現在の位置に存在し、沿道の居住者や周辺の住民の通行に使用されていたが、終戦直後ころも同様の状況であった。当時の道路部分の範囲は、現在の本件道路とほとんど変わっていない。

(三)  控訴人は、五八八番の土地を区画して前記のように分筆し、昭和二五年四月ころから、分筆した土地のうち七筆を除きその余の土地を他へ譲渡したが、被控訴人らに関係する本件接続土地のうち、番号2、7、8、9、10、11、13の各土地は、前記各所有者が控訴人から直接買い受けたか又は他から買い受けるなどにより取得した土地である。

番号1、3、4、ないし6、12の各土地の賃借人は、いずれも、控訴人から賃借した者から賃借権を承継したものである。

被控訴人らを含め、右各土地の所有者や賃借人、その同居者等は、右分譲後も、従前と変わりなく本件道路を通行のために使用してきたが、控訴人や本件道路の敷地の所有者等の権利者から、右通行に対し異議や苦情が出ることはなかった。

(四)  控訴人は、従前、本件土地を他へ賃貸し、賃借人は建物敷地として使用していたが、賃借人から土地の返還を受け、昭和六三年三月ころ、自動車八台分の収容能力のある駐車場を完成させ、同年四月ころから、三名の顧客と利用契約をして自動車の駐車に使用させ、さらに顧客の募集をした。

(五)  控訴人は、駐車場建設に当たり、被控訴人らや周辺住民への協議、説明等の措置を取らなかったが、控訴人の駐車場工事を知った被控訴人らを含む周辺の住民は、駐車場建設に反対し、文書を控訴人に送るなどして反対の意思を表明した。

(六)  被控訴人板原、同内田清金の家族の者は、各自宅前の本件道路上に二輪車を駐車させることがあり、自動車の通行の障害となることがあった。被控訴人板原、同塚本、同米良等は、各自の自宅の塀に、自動車の通行時は二輪車などの障害物をのけて通行し、通行後は元へ戻すように訴える掲示を掲げるなどした。

(七)  駐車場の利用契約をした三名の顧客は、昭和六三年七月ころまでには、路上に置かれた二輪車、自転車等が通行の妨げになることを理由に、右契約を解約し、その後、新たに利用契約をする顧客はいない。

(八)  本件道路については、控訴人も含めて沿道の土地所有者や使用者などの間で通行について、従来、協議や約束などが明確な形でなされたことはない。

ただ、昭和三八年ころ、本件道路の舗装、地下排水路の新設がなされた際、道路の維持補修等のため、被控訴人らのうちの一部の者を含む者ら(東仲通会と称した。)の間で私道路に関する規約が定められたことがあるが、右規約には本件道路の通行に関する定めはない。控訴人は、右規約の作成に関与していない。

2  本件道路を通行する権利について

前記認定事実によれば、本件道路は戦前から現在とほぼ同じ位置に存在して沿道の居住者や付近の住民の通行に使用されていたものであり、控訴人による本件接続土地の分譲も、各土地や本件道路との位置関係に照らすと、本件道路を通行の用に供することを前提になされたものというべきであるから、控訴人と譲受人との間には、譲渡に当たり、相互に、それぞれの所有地のために、それぞれの所有地のうち本件道路の敷地部分を、本件接続土地の使用者の通行の用に供する旨の黙示の了解があったものと認められ、これは、本件接続土地を要役地とし、右各土地の本件道路敷地部分を承役地とする相互交錯的な地役権設定の黙示の合意があったものと認めるのが各当事者の合理的意思に合致するものである。そして、本件接続土地の所有権が移転する場合には、その取得者は、取得に当たり地役権とともに他の土地のための地役権の負担も承継することを承認したものと見るべきであるから、本件接続土地の現在の所有者は、本件道路を通行する地役権を有するとともに、自己の所有土地に地役権の負担を受けるものである。なお、本件接続土地の賃借人は、いずれも、控訴人から賃借している者であるから、本件道路の通行については、賃借人が自己の賃借地のために地役権を取得するとともにその一部を承役地とする地役権を設定したと考える必要はなく、控訴人との間の賃貸借契約の内容又はこれに付随する問題として処理すれば足りると考える。

3  本件道路の通行の妨害排除請求権について

(一)  被控訴人久保田、同小林

被控訴人久保田、同小林は、それぞれ、番号7、同8の土地の所有者として地役権を有するから、その余の権利について判断するまでもなく、右地役権に基づき、通行の妨害を排除することができる。

(二)  被控訴人板原、同加瀬、同小飼、同田中

右被控訴人四名は、要役地である本件接続土地の賃借人であり、賃借権に基づき要役地の所有権者の有する地役権を行使することができるものであり(民法二八一条一項)、右賃借権は第三者に対抗することができるから、一般的には、直接地役権に基づき又は賃借権に基づき賃貸人である所有権者に代位して地役権に基づき通行の妨害排除を請求することができると解されるが、本件では、地役権者は、右土地の所有者かつ賃貸人である控訴人であり、控訴人の有する地役権に基づく妨害排除請求権を控訴人に対して行使する結果になるので、賃借人に右権利の行使を認めることはできない。しかし、控訴人は、賃貸借契約の趣旨に従って、賃借土地を賃借人に使用収益させる義務があり、右義務には、本件道路について地役権により認められた内容の通行をさせることをも当然に含むものと解されるから、右被控訴人四名は、賃貸借契約に基づき、右通行に対する控訴人の行為による妨害行為を中止して、賃借地について右契約の趣旨に従った使用収益をさせるように控訴人に対し請求することができる。

(三)  被控訴人井出

被控訴人井出は、本件接続土地の賃借人が、地上に所有する建物の賃借人であり、建物の使用収益に必要な範囲で右土地の賃借人の行使する地役権に基づき、本件道路を通行することができるものであり、通行が妨げられたときは、一般的には、建物賃借権に基づき、建物賃貸人に代位して、建物賃貸人である土地の賃借人の行使する地役権に基づき妨害排除請求をすることができると解されるが、本件では、妨害排除請求の相手方は、地役権者である控訴人であり、前記(二)に述べるのと同様に右請求をすることはできない。しかし、被控訴人井出は、建物賃貸人に代位して、建物の賃貸人である土地の賃借人が、控訴人との間の土地賃貸借契約に基づき控訴人に対し有する前記(二)と同一内容の請求権を行使することができる。

(四)  被控訴人髙杉、同塚本、同米良

右被控訴人三名は、本件接続土地の所有者から土地を使用貸借する者であるところ、使用貸借の借主は、貸主に対し使用貸借の目的の範囲内で土地の使用収益をすることを内容とする債権的権利を有するものであり、右債権の行使として貸主の持つ地役権に基づき本件道路を通行することはできるけれども、借主は貸主の持つ地役権を直接行使するものとはいえないし、また、借主の権利は貸主に対する債権であり第三者に対抗することができないうえ、使用貸借の貸主は借主に対し積極的に土地を使用収益させる義務を負わないから、借主は直接又は貸主に代位して地役権に基づく妨害排除請求権を行使することはできない。また、同様に使用借権に基づき、貸主である承役地の所有者の有する妨害排除請求権を代位行使することもできない。

(五)  被控訴人内田、同仲田

右被控訴人二名は、本件接続土地の所有者から同人が地上に所有する建物を使用貸借する者であり、建物の使用貸借の目的の範囲で土地所有者の有する地役権に基づき本件道路を通行することができるが、前記(四)の土地の使用貸借の場合に比べて土地に対する使用関係は一層間接的ということができ、前記(四)に述べた使用貸借の性質に照らすと、右建物使用貸借上の権利に基づき、土地所有者の持つ地役権を直接行使したり、代位して地役権に基づく妨害排除請求権を行使することはできない。また、同様に、使用借権に基づき、建物の貸主である承役地の所有者の有する妨害排除請求権を代位行使することもできない。

(六)  被控訴人花方

被控訴人花方は、本件接続土地の賃借人から、同人が地上に所有する建物を使用貸借する者であり、建物の使用貸借の目的の範囲内で、使用借権の行使として貸主(土地の賃借人)の行使する地役権に基づき、本件道路を通行することができるが、前記(五)と同一の理由で、右被控訴人は、使用貸借上の権利に基づき、土地賃借人の行使する地役権を直接行使したり、代位して地役権に基づく妨害排除請求権を行使することはできないから、貸主の行使する地役権に基づき妨害排除の請求をすることはできない。また、同様に、使用借権に基づき、建物の貸主である承役地の賃借人の有する賃貸人である控訴人に対する賃貸借契約上の権利を代位行使することもできない。

(七)  世帯主による世帯員の権利の行使

被控訴人板原らは、世帯主は、世帯員の持つ土地所有権又は賃借権を任意的訴訟担当の法理により行使することができると主張し、前記認定事実によれば、被控訴人内田、同髙杉、同塚本、同仲田、同米良は、それぞれ番号2、同9、同10、同11、同13の各土地の所有者と、被控訴人花方は、番号12の土地の賃借権を有する者と家族として同居生活するなどしており、右被控訴人らが、家族の中心的立場にあることは認められるが、世帯、世帯主、世帯員は法的には不明確な概念であるうえ、世帯員であるという本件接続土地の所有権その他の各権利を有する者から同一世帯の世帯主であるという右被控訴人らに対し、世帯員の有する権利についてその管理権や訴訟追行権限の授権があるのかどうかも明確とはいえず、世帯員の権利を世帯主に行使させる合理的必要にも疑問があるなどのことを考えると、右被控訴人らに任意的訴訟担当の法理を適用して、本件接続土地の所有者等の有する権利の訴訟上の行使を許容することはできない。

4  本件道路を通行する権利の内容(通行の内容)等について

(一) 本件接続土地の各所有者は、右土地を要役地とする本件道路の通行を内容とする地役権を有することは、前示のとおりである。右地役権の内容は、地役権者と設定者との間の設定契約により定められるのが通常であるが、本件地役権は、前示のとおり、本件道路について従来の使用の態様、方法等の実態を前提として、控訴人と当初の本件接続土地の譲受人との間の黙示の合意により設定され、その後の土地取得者に承継されてきたものであり、当初から現在まで、関係者間の書面や協議などにより地役権の内容が定められた形跡は窺われない。したがって、本件地役権の内容は、その黙示の設定の合意の前提になった当時行われていた本件道路の通行の態様、方法等を基礎として定められるべきであるが、これによると、本件接続土地の居住者の日常生活のために必要な通行等の使用をもって、その内容とするのが相当である。もとより、その内容は、時代の推移に伴う本件接続土地の利用の変化や社会情勢の変動などにより変化するものであるが、当初の右黙示の合意を基礎とし承役地である本件接続土地の各所有者の合理的意思を推認し、これに合致し、承認を得られるものでなければならないことはいうまでもない。

(二)  本件道路の利用状況

前記認定事実と<書証番号略>、被控訴人米良孝一、同板原博、同塚本征紀の各本人尋問の結果によれば、次のとおりである。

(1) 本件接続土地の住民の日常の通行のほかに、戸越銀座駅へ抜ける近道として朝夕は多くの通行人に利用されている。

本件接続土地の住民のうち、少なくとも、八軒に老人が居住し、その散歩に利用している。

(2) 道路の区道への出入口付近は、周辺の住民のごみの集積場として利用されており、ごみが出されると、自動車の通行は困難である。

(3) 居住者は、勤め人や自営業者(被控訴人米良、同板原、同髙杉のほか訴外者一名)である。被控訴人内田、同小林、同花方は、自動車を所有し、その敷地内に駐車させている。また、被控訴人髙杉、同塚本、同仲田、同米良、訴外原田も、自動車を有するが、右髙杉、同塚本は敷地内の区道側に駐車場を持ち、その他の者は、他の場所に駐車場を借りている。

自営業者で車両を使用するのは、被控訴人米良、同板原であるが、被控訴人米良(カメラ関係部品の製造販売)は、荷物の積み卸しのための停車などは、重い荷物など特別の場合のほかは本件道路外の区道でしている。被控訴人板原(金属加工)は、バイクを使って必要な物品を運搬している。被控訴人内田は、身体障害のある子の施設までの送迎や高齢の家族の外出に自動車を使用し、自宅まで乗り入れる。被控訴人小林、同花方は、勤め人であり、自動車の使用頻度は少ない。来客の自動車を他の道路に駐車させるようにしている者もある。

(4) 本件道路は幅員が狭いため、大型車ではない通常の乗用自動車が通るときでも、通行人は、塀にくっつくようにして避けなければならない程である。また、進入する自動車は、バックで入るが、道路の入口が狭く、進行に苦労し、危険も多い。

以上の事実によると、本件道路は、戦前から、道路に接した土地の居住者や周辺の土地の住民の日常の通行の用に供されてきたものであり、戦後、本件接続土地が分譲されてからもこの点は変わることなく、現在も、本件接続土地の居住者や周辺土地の住民の日常の通行や居住する老人の散歩に主として利用されている。自動車の通行は、道路の幅員が狭く、道路の両側に塀の続く部分も多いため、通行者にとり危険であるとともに通行の著しい妨げになるものであるが、自動車の一般化に伴い、本件接続土地の所有者等の中にも、自動車を所有して敷地内に駐車させ、本件道路を自動車で通行する者もいる。居住者は、一台を敷地内に駐車させる者が三名いるが、家族を運ぶなど家庭生活の必要上時折自動車を使用する程度である。自家営業者で営業用の自動車を本件道路に面した敷地内に駐車させる者はなく、自車、他車を問わず、営業者が営業のための自動車の通行に使用することは、重い荷物の場合などごく例外的な場合に過ぎず、むしろ、本件道路に停車して荷物の上げ下ろしをするのは通行妨害になるものとしてできるだけ避けるようにしているといってよい。外部の自動車の出入は、道幅が狭いうえ通り抜けが不可能なこともあってほとんどないといってよい。

右のような本件道路の利用状況や道路の構造を基礎に、自動車による利用を考えると、本件接続土地の所有者等が、自動車をもって本件道路を使用する態様、方法としては、せいぜい一住宅当たり一台の自動車を敷地内に駐車させて保有し、家庭生活の用に供する程度の頻度で本件道路を通行することが、本件接続土地の所有者等により承認され、その合理的意思に合致するものといえる。そして、地役権もこの程度の自動車による通行の許容を内容とするものであり、承役地の権利者もこの限度の自動車通行の負担を受忍すれば足りるものとするのが相当である。

また、控訴人から本件接続土地を賃借する者は、本件道路に地役権を有する控訴人に対し、前記内容の通行をさせるように請求する債権的権利を有し、控訴人は、右賃借人に対し、これに対応する義務を負担するものである。なお、本件道路の構造や自動車通行の通行人に及ぼす影響を十分知悉する者が自動車を運転して通行することが望ましいが、このことを法的権利ないし義務として、その内容を更に特定することは困難である。

5  控訴人の本件土地の利用について

控訴人が本件土地に建設した駐車場は、自動車八台の収容力のある営業を目的としたものであり、駐車場の賃借人は控訴人の地役権に基づき本件道路を通行することが予定されるところ、本件道路において承認された自動車の通行が前記程度のものであることに照らすと、右のような本件接続土地の所有者等の保有する程度を大幅に超えた数の自動車の駐車、これに伴い当然予想される頻度の自動車の通行等は、従来本件道路で行われており、居住者に暗黙のうちに承認されていた範囲を超える自動車の通行というべきであり、本件道路の構造や従来の利用状況に照らすと、道路の通行の困難を著しく増し、さらには危険にするものであって、控訴人に認められた地役権の範囲内のものとは到底いい難いものであり、このような道路の円満な通行の妨害を必然的にもたらす本件土地の利用方法自体が競合関係にある他の地役権の円満な行使を妨げるものということができる。したがって、他の地役権者は、地役権に基づく妨害の排除として、控訴人に対し、右のような自動車通行の原因となる本件土地に設けられた駐車場の利用に制限を加えることを求めることができる。また、本件接続土地の賃借人は、賃貸借契約に基づき、控訴人に対し同一内容の請求をすることができる。

ところで、地役権の範囲を超える通行の排除を命ずるに当たり、命令の内容が強制執行可能な程度に一義的に明白であることが必要であるが、通行の頻度等の内容にこのような規制を設けることは困難である。

そして、被控訴人板原らは、本件土地を三台以上の自動車の駐車の用に供することの禁止を求めるが、地役権の範囲を超える通行の範囲を画する方法として、右駐車場の利用の制限は自動車の台数、その結果である通行の頻度において、従来承認された通行の限度よりも緩やかな制限を求める控え目なものであり、問題とする余地が残るが、通行の頻度を明確な形で制限することは困難であり、被控訴人板原らの求める限度で請求を認容することは、実際的観点からやむをえないものである。

6  本件道路の一般通行の自由について

証人丹野宗男の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件道路は、二項道路の指定を受けていることが認められる。二項道路は、建築基準法により、道路内の建築等が公法上制限され、道路として確保される反射的利益として一般住民の通行が可能となるが、控訴人は、本件道路に沿って本件土地を所有し、右土地の利用のため右道路の通行は必須といえるから、右道路を通行する自由を有するといえないではない。しかし、通行の自由を有するからといって、全く無制限に自由な通行が認められるわけではなく、本件道路の従来の通行の経緯等に照らすと、自動車による通行は、少なくとも、被控訴人板原らのうち地役権者との間では前記の制限に服するべきであるから、無制限に自由な通行が認められることを前提として、被控訴人らに対し、本件土地に駐車した自動車の自由な通行のための妨害の排除を求める控訴人の請求は理由がない。

しかし、前示のとおり、控訴人は、本件土地に二台以内の自動車を駐車させ、その有する地役権に基づき、右自動車に本件道路を通行させることができるのであるから、被控訴人板原らは、控訴人が本件土地に駐車させた二台以内の自動車を通行させることを妨害することは許されないことはいうまでもない。しかし、仮に、被控訴人板原らに、控訴人が本件土地に駐車させた自動車三台の通行の妨害に当たる行為が従前あったとしても、右行為は控訴人の前記地役権の行使を妨げたとはいえず、その他被控訴人板原らが、本件土地に駐車させた前記地役権に基づき許された範囲内の自動車の通行を妨害したことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の地役権に基づく妨害排除の請求も理由がない。

7  不法行為による損害賠償請求について

被控訴人内田清金、同板原が、本件道路上に駐車させた二輪車が、本件土地を駐車場として利用した自動車の通行を妨げたことなどが原因になって、右駐車場の顧客三名が賃貸借契約を解約したことは前示のとおり認めることができる。しかし、前示のように、控訴人に、地役権の行使として、本件土地を八台収容の駐車場として利用し、顧客の自動車に本件道路を通行させることは認められないから、右被控訴人各自の行為により、右自動車の通行が妨げられたとしても、右行為は、控訴人の権利を何ら侵害するものではなく、何ら不法行為を構成しない。控訴人の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

四以上のとおり、原判決中、被控訴人内田、同髙杉、同塚本、同仲田、同花方、同米良の請求を認容した部分は不当であるから、この部分を取り消し、右被控訴人らの請求を棄却し、その余の被控訴人ら(但し、被控訴人内田清金を除く。)の請求を認容した部分及び控訴人の本訴、反訴の各請求を棄却した部分は正当であるから、その余の本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九三条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤滋夫 裁判官宗方武 裁判官水谷正俊)

別紙第一目録<省略>

別紙第二目録<省略>

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